新年のご挨拶と退職のお知らせ
新年明けましておめでとうございます。

本日仕事始めです。
ここのところそうですが、誰も見てないの分かってて語り口調で書き続けるのっておかしなものですね。今日も独り言です。

さて、新年早々重い話ですが、昨年は哀しみが日本中を覆い尽くした一年でした。
被災した人たちのことを思うとあまりに辛く、一時は心を閉ざし気味になり、ニュースに目を背むけた時期もありました。今も新春の主題(テーマ)にすることに迷いが生じたほどです。
しかし、これは縁起どうこう、あるいは辛い楽しいで考えて良い問題ではない、年の始まりだからこそ改めて書こう、そう思い至った次第です。
最近、被災した人々の「今」を知る機会が徐々に少なくなっているように感じます。
能動的かつ積極的に情報を集めない限り、被災地の様子が見えずらくなってきている気がします。
それが復興の兆しならば良いのですが、実際にはそればかりではないと思うのです。
メディアの扱う問題も、多くは既に「原発・放射能」にスライドしています。
『がんばろう日本』という言葉も、「他人事にせずみんなで取り組むぞ」という良い意味だとは思うのですが、どうも被災地への焦点をぼやかしているようで、かえって一人一人の関心をそらしてしまっているのではないでしょうか。
かつて「被災地」に向けられていた関心の目は、今や放射能の恐怖におびえる「自分たち」へと向けられつつある気がします。
当然、自分自身の生活があり、守るべきものがある限り、それは致し方のないことです。
原発の是非や放射能の影響など、その一つ一つが重大なテーマなのも確かです。
援助や協力を最も必要とした時期も過ぎたかもしれません。
けれどもそれが、震災が過去のものになったことを意味する訳ではありません。
今も変わらず現在進行形の問題に直面し耐えている人たちの存在を“実感として”忘れがちである、ということを再確認し、息の長い取り組みの必要性を改めて考えたいものです。
…あの日誰もが衝撃を受け、そして抱いたはずの「何かしたい」「何かできることはないか」という思い。
個人の力は微々たるものですが、現地では今もその一つ一つの思いを集結して、大きな活動が行われています。
僕自身、今はまだ明確なビジョンがある訳ではありませんが、あの日の記憶と思いを鈍化させず、今年はその「何か」を具体化する年にしようと思っています。
…そして、私事ですがここで一つご報告。
今年の春、退職することにしました。
苫小牧で過ごした時間は4年間。
多くを学ばせてもらったとは言え、4年という歳月はあまりに短いものです。
この程度の知識、技術でよそへ行って何が出来るか、甚だ疑問であり、おこがましくもあります。
担当の患者さんを残して去る、ということに心苦しさも感じています。
けれども、ひとつの区切りとして、今年苫小牧を離れます。
また詳細が決まり次第、当広報室にてお知らせいたしますが、さしあたり、新年のご挨拶と共にご報告申し上げます。
今年こそ、笑顔で「良い一年だったね」と振り返られるような年になることを祈ります。
暮れのニュースが明るいものであることを願います。